東京高等裁判所 昭和56年(う)958号 判決 1981年9月21日
本店所在地
横浜市中区伊勢佐木町二丁目八五番地
有限会社三洋観光開発
右代表者代表取締役
金田時男こと
金時鐘
本店所在地
横浜市中区伊勢佐木町二丁目八五番地
明栄観光開発
有限会社
右代表者代表取締役
関水和敏
本店所在地
横浜市中区伊勢佐木町二丁目八五番地
有限会社萬善物産
右代表者代表取締役
西原敏光こと
韓在喆
国籍
韓国(済州道朝天面朝天里二八一三)
住居
横浜市南区別所二丁目五番九号
会社役員
金田時男こと
金時鐘
一九三七年四月一六日生
右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和五六年二月二四日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告法人及び被告人からそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官岡田照彦出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
原判決中被告法人有限会社三洋観光開発、同明栄観光開発有限会社及び同有限会社萬善物産に関する部分を破棄する。
被告法人有限会社三洋観光開発を罰金一〇〇〇万円に、同明栄観光開発有限会社を罰金七〇〇万円に、同有限会社萬善物産を罰金一四〇〇万円にそれぞれ処する。
被告人金時鐘の控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人源光信作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官岡田照彦作成名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用するが、右弁護人の所論は、要するに、各被告法人及び被告人に対する原判決の量刑が不当に重いというのである。
そこで、記録及び証拠物並びに当審における事実取調の結果に基づき検討すると、本件は、特殊浴場を営む被告法人有限会社三洋観光開発(以下、被告法人三洋観光開発という。他の被告法人についても同様に略称する。)、同明栄観光開発並びに特殊浴場及びパチンコ遊戯場を営む被告法人萬善物産の実質上の経営者である被告人金時鐘が、右各被告法人の業務に関し、入浴料等の収入の一部を帳簿に記入せず、これを簿外預金として蓄積するなどの所得秘匿工作をしたうえ、所得金額が僅少で納付すべき税額がない旨あるいは欠損が生じた旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、又は脱税の意思で確定申告書を提出しないまま申告期限を徒過するという方法により、被告法人三洋観光開発の二事業年度の法人税合計四一六〇万五一〇〇円、同明栄観光開発の二事業年度の法人税合計二七八六万一六〇〇円、同萬善物産の二事業年度の法人税合計五四七一万三六〇〇円を免れたという事案である。そして、被告人金は、右三被告法人の法人税の逋脱をみずから計画し、実行した張本人であり、同被告法人らをして免れさせた法人税の総額は一億二四〇〇万円余りにも達すること、このように各被告法人をして免れさせた法人税の額が多額なばかりでなく、税の逋脱率も一〇〇パーセントという悪質なものであること、本件は、納税義務者としての自覚に欠ける被告人金が事業拡張欲から犯した犯行であって、その経緯・動機にはなんら酌むべき点がないこと、同被告人には風俗営業等取締法違反罪等による数多くの罰金刑の前歴があるなど、法を軽視し、金銭的利益の追求に節度を欠く性行がうかがわれること、その他近時における脱税に対する社会的非難の高まり等に徴すると、同被告人の刑事責任を安易に考えることは許されないのであって、同被告人が本件発覚後は大いに反省し、修正申告をして未納付の法人税本税、新たに課された重加税等の納付に努めるとともに、各法人の経理態勢の充実をはかり再過なきを期していること等所論指摘の諸点を斟酌しても、同被告人を懲役一年六月に処し、これに執行猶予を付した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは到底認められない。しかしながら、各被告法人に対する罰金については、各被告法人の脱税の額、逋脱率等に徴すると、その刑事責任は決して軽くはないのであるが、前記のように、各被告法人とも、本件発覚後は真実の所得金額を明らかにして法人税本税、重加算税、各種地方税の納付に努めていること、経理態勢も、担当者の増員、税理士の関与等により明朗かつ確実なものに改められたこと、各被告法人は現在前記のような諸税を分割納付中であり、罰金の支払能力にも限度があること等に徴すると、原判決の定めた各被告法人に対する罰金はいささか多額に過ぎて不当であるというべきである。論旨は右の限度で理由がある。
そこで、刑訴法三九六条により被告人金の控訴を棄却し、同法三九七条一項、三八一条により原判決中各被告法人らに関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い各被告法人らに対する本件各被告事件について更に判決する。
原判決の認定した各被告法人らに対する罪となるべき事実(但し、原判決には、被告法人萬善物産の昭和五三年六月一日から昭和五四年五月三一日までの事業年度における実際の所得金額について、事務所経費を二七円過大に認定した誤り及び各勘定科目の金額を集計計算する過程での過誤から、一〇円過少に認定した誤りがあると認められるので、これを九六四八万九六三九円と改める。)は昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律附則五条によりいずれも改正前の法人税法一六四条一項、一五九条一項に該当するところ、被告法人萬善物産に対する罰金は情状により同法一五九条二項所定のそれによることとし、各被告法人らの各罪はそれぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項によりそれぞれ各罪所定の罰金の合算額以下において、被告法人三洋観光開発を罰金一〇〇〇万円に、同明栄観光開発を罰金七〇〇万円に、同萬善物産を罰金一四〇〇万円にそれぞれ処することとする。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)
○昭和五六年(う)第九五八号
控訴趣意書 被告人 有限会社三洋観光開発
外三名
右の者に対する法人税法違反被告事件について、控訴趣意書を差し出します。
昭和五六年六月二六日
弁護人 源光信
東京高等裁判所 第一刑事部 御中
原判決は刑の量定が不当であるから、破棄さるべきである。原判決は有限会社三洋観光開発を罰金一三〇〇万円に、明栄観光開発有限会社を罰金九〇〇万円に、有限会社萬善物産を罰金一七〇〇万円に、それぞれ検察官の求刑どおりの罰金刑に処し、金時鐘に懲役一年六月を宣告し、三年間刑の執行を猶予したが、これらは次の理由から刑の量定が著しく不当である。
一、本件の動機に同情の余地がある。
金田被告人は在日韓国人の二世として滋賀県に生まれ、わずか六才にして父親を失い、本年八二才になる母親が苦労して育ててくれ、地元の高校を卒業して就職のために横浜に出た。
横浜では初め外人バーの雇われ運転手をし、次いでその外人バーを借り受け、ホステスを店におき、自らは横浜港へ行って車を流し、外人客を拾って、店につれてきて、店では今度はバーテンに早変わりするという忙しい毎日を続け、日夜努力をし、その甲斐があって、個人で喫茶店、レストラン、パチンコ等を経営するまでになり、又数種の法人を設立し、そのオーナーとなって、特殊浴場等を経営して今日に至っている。
金田被告人は、在日韓国人という差別ある社会に生きるために、人の二倍も三倍も働き、事業を拡張し、その拡張の過程において、銀行借入金の元金や利息の弁済、各種店舗への投資のため、多額の現金を必要とし、そのため逋脱し、その金を右弁済及び投資に使ったものであり、その結果多くの従業員が職場を得て、その家族が生活している事情にある。逋脱した金を遊興飲食等に使ったのではない(被告人金田の質問顛末書、検面調書参照、なお、一部補充立証の予定)。
二、逋脱の方法は単純である。
金田被告人は実際の売上げが記載されている日計表や売上集計表を担当者に提出させ、売上金を現金で持参させるか、架空名義の預金口座に振り込ませ、経理担当の事務員に対しては、実際の売り上げの五〇~六〇%を売上帳に記帳させるという、極めて単純な逋脱のパターンであって、手のこんだ巧妙な方法ではない(被告人金田の昭和五五年一〇月一七日付検面調書参照)。
三、一部無申告について
金田被告人は七社を経営し、横浜、新潟、和歌山及び高知においてそれぞれ店舗を有し、多忙を極め、一方経理担当事務員は一名しかおらず、担当の会計事務所とも連絡不十分であったため、申告を失念したためであり、それ以上のものではない。
非常識との批難があり得ようが、これが事実である(原審公判延における金田被告人の供述参照、しかしこれがため本件の犯意を争う趣旨ではない)。
四、金額について
たしかに被告会社三社の正規の法人税額の合計は、金一二、四〇〇万円余ではあるが、これは近時における法人税法違反事件としては中型程度と思料され、著しく高額ということはできない。
五、各社の代表取締役と本件逋脱との関係
実質上は金田被告人の経営にかゝる明栄観光開発有限会社の代表取締役をパチンコ部門の責任者である関水和敏としたのは、金田被告人が代表取締役をしている会社が売春防止法違反事件をおこしては困ると考えたからであり、有限会社萬善物産の代表取締役を西原敏光としたのは、主としてトルコの経験のある同人を代表取締役にして責任者とする方がよいと考えたからであって、いずれも本件逋脱を目的としたものではない(金田被告人の昭和五五年一〇月一七日付検面調書参照、一部補充立証の予定)。
六、修正申告及び納税について
被告人らは修正申告をなし、国税、重加算税合計一八九、九九五、二〇〇円のうち、本控訴趣意書作成時の昭和五六年六月現在合計金八四、六五三、二〇〇円をまじめに納税し、未納分についても約束手形を交付したり、抵当権を設定したり、差し押えを受けており、その担保価値は十分にあるから、完納は絶対に間違いない状況にある。また、完納し且つ今後も税金を正確に支払わなければ、金田被告人の実業家としての評価は零となるであろう。(補充立証の予定)
七、現在の各社の経理の改善について
金田被告人は被告各社の経理を改善せしめ、再犯防止のための方法を採用しているので、再犯は絶対にないものと思料される。すなわち、逋脱当時の本部事務員は一名であったが、現在五名となっており、地方営業所の売上金は、必要経費を控除した上、横浜の本部の普通預金口座に振込まれている。売り上げの実績は、予め作成されている収入伝票によって把握されている。また横浜市内の営業所の遊技場、飲食店、貸ビル業等の収入、経費も確実に把握されている。そして、いずれも会計事務所のコンピューターに記録されているので、再犯はありえない(原審証人中村貢の証言、なお、一部補充立証の予定)。
八、金田被告人の反省について
第一項の本件の動機の項で述べたとおり、在日韓国人である金田被告人を日本の社会は日本人と同等の取扱いをせず、そのために、金田被告人は商売の貴賤についての選択の余地がなく(原判決宣告後の訓戒では金田被告人の職業につき卑しいものであるが如き印象を受けた)、生きるため人の二倍も三倍も働きようやく横浜の若手実業家と評されるまでになった。丁度こうした時期に、本件を犯し、金田被告人は多くの人々に迷惑をかけたと反省し、日本の法律を遵守し、税金を正確に納付しなければ、事業の拡張もできないことが判り、全面的に事実を認め、捜査にもむしろ協力的であり、国税当局もそれなりに評価している。通常の脱税事案の如く、偽証、証拠湮滅等はない。また、金田被告人及び被告会社は過去に同種事犯もない(原審公判延における金田被告人の供述、証人中村貢の証言参照)
九、求刑と宣告刑について
我々の実務経験からすれば、求刑どおりの宣告刑というのは皆無であって、例外的に誰がみても全く情状酌量の余地がないケースの場合のみである。
本件では情状酌量の余地が十分あることは、以上縷々述べたとおりである。
一〇、結論
以上の諸点からみるとき、被告三社に対し、求刑通りの罰金刑に、被告人金田に対し懲役一年六月(但し執行猶予三年)に処した原判決は、刑の量定が著しく不当であるから、破棄されるべきものと思料します。